研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2015年10月5日
未来の人工知能(AI)はどのようになっているのだろうか。例えば未来研究者として著名なレイ・カーツワイル氏は、AIが自らの能力を超えて知能を生み出すことができる転換点を技術的特異点(シンギュラリティ)と呼び、それが2045年に到来するとしている(2045年問題)。
本書の著者である東京大学大学院工学系研究科の松尾豊准教授は、日本でトップクラスのAI研究者であり、人工知能学会で倫理委員長としても活躍している。本書では、その松尾氏が、AI研究の世界で実際に何が起きているのか、そしてAIによって未来の産業・社会がどのように変化するのかについて、極めて示唆に富んだ見解を示している。
AI研究を理解するうえで鍵となる「ディープラーニング」(本書の中では「特徴量表現学習」と呼んでいる)とは、コンピュータ自らがデータをもとに「特徴量」を抽出するもので、著者はこの技術を「人工知能研究における50年来のブレークスルー」と表現している。ここでいう「特徴量」とは、ある計測対象が持つ特徴を抽象化し、定量的に表現したものである。
例えば、年収を予測する問題を考える場合、「居住地域」「業種」「身長」「好きな色」といったさまざまな変数の中で、年収に影響する可能性が高い変数(「居住地域」「業種」)や低い変数(「身長」「好きな色」)のうち、どの変数を読み込めば予測の精度を上げられるのかといった判断などが挙げられる。ディープラーニングの処理では、変数のうちどこまでをまとめて扱えば結果に影響がでないか、逆にどこまで扱うと大きく異なる結果がでてしまうのかの処理を行い、特徴量を抽出していく。計算処理能力が飛躍的に向上したコンピュータが、圧倒的なサンプル数で安価に繰り返しこの処理を行うことで、より予測精度との相関が高い変数を最適に組み合わせて「特徴量」を抽出・学習することができるようになったのである。
これまでのAI研究では、画像の「特徴量」のみを抽出することが研究の中心であったが*1、これからは音声や感触など人間の五感に関わるさまざまな「特徴量」を抽出し、総合的な個体の判別を自らできるようになると著者は言う。さらに、著者は人間の言語を理解できるAIについても触れている。コンピュータが本やウェブなどで書かれている情報を自ら理解し、継続的に学習を続けることで、加速度的に人類の知識を吸収していくようになるとしている。
それでは、上述の「2045年問題」で予測されているように、AIは人間の知能を超え、さらに自らの能力を超える知能を生み出せるようになるのだろうか。著者によると、現時点ではその可能性は低いとしている。コンピュータが自らを保存したい欲求、自らの複製を増やしたいという欲求をもつような機能の開発が必要なためである。一方、今ディープラーニングで起こりつつあることは、膨大な情報をもとに「世界の特徴量を見つけ特徴表現を学習」することであり、AIが自らの意思を持ってAIを設計し直したり、生み出したりすることとは、技術的には天と地ほどの差があるとしている。
では、AIの進化が今後の産業や社会にどのような変化をもたらすのだろうか。製造業を例に取り上げると、ひと昔前までは実現できなかった熟練工の技術が、少しずつロボットで代用可能になっていくことが予想される。また、仮説生成と実験という研究開発プロセスをAIが担うことになれば、今まで以上に探索できる解の範囲が一気に広がる可能性があるとしている。さらに、従来の機械学習では既存プロセスの「改良」「改善」のレベルにとどまっていたものが、新しいプロセスを「設計」できるようになるかもしれないとしている。例えば、AIが工場内の操業データ(歩留まり、設備の不具合状況など)を分析し、最適なモノの流れ、設備の操作ができるプロセスを設計するということだと評者は考える。工場や企業の枠を超えて、お客さまの要望に応じた最適な生産調整を生産システム自らが実現できるようになることを意味していると理解する。
昨今のAIの進展は目を見張るばかりであるが、本書は、AIが技術や産業に及ぼす影響などを多面的に捉えている点で大変参考になる。AIを理解する際の導入本としてだけでなく、今後のビジネスを考える上での新たな気づきを得られる参考書として、ぜひおすすめしたい。