研究員お勧めの書籍を独自の視点で紹介
2008年8月1日
著者の白川方明(しらかわ まさあき)氏は、本書出版(2008年3月17日)直後の3月20日に日銀副総裁、4月9日には総裁に就任したため、本書は図らずも現役の日銀総裁が著した金融政策の教科書となった。白川総裁は大学卒業後、1972年4月に日本銀行に入行、2006年7月までの約34年間日本銀行に勤務したが、本書執筆時は日銀を離れ、京都大学公共政策大学院教授、東京大学金融教育研究センター客員研究員の立場にあり、本書も教科書を意図して書かれている。
本書をおすすめする理由は二つある。一つは、今後の日銀の金融政策を予想することに役立ちそうだからである。
2008年6月現在の日本経済は、原油など輸入一次産品価格の高騰によって物価が上昇すると同時に、交易条件の悪化による購買力の海外流出によって所得が伸び悩み、2002年1月を谷とする景気拡張局面が終焉(しゅうえん)したかもしれない状況にある。景気後退を避けるために金融を緩和すると、物価は一層上昇する。物価上昇を抑えるために金融を引き締めると、景気は後退する。さて、金融政策はどう対応するか?
金融政策は、日銀の総裁、2名の副総裁(2008年6月現在1名欠員)、6名の審議委員(同1名欠員)の合計9名の政策委員会が、原則月に1回二日間「金融政策決定会合」で合議し、9名(現在は2名欠員なので7名)が等しく一票を有する多数決で決定している。2008年5月19、20日の金融政策決定会合の議事要旨を見ると、「この委員は、一時的な供給ショックについては、インフレ予想の変化を通じて二次的な影響が出ないのであれば、必ずしも金融政策で対応する必要はないというのが教科書的な回答であるが、現在は、持続的で複合的なショックが生じているため、政策対応は難しくなっていると述べた」と記されている。「教科書的な回答」が本書p233「石油ショックが発生した場合の金融政策の対応に関する標準的な議論」*1と一致しており、用語の使い方などからすると「この委員」は白川総裁かもしれない。本書を読んでおくことで、少しは金融政策の予想に役立ちそうである。
本書をおすすめする二つ目の理由は、金融政策についての具体的知識が本書を通じて広く理解されることで、金融政策についてより建設的な議論がなされると思われるからである。
金融政策を巡る学界と日銀の意見の相違は古くから存在したが、白川氏が日銀審議役(企画調査担当)(2000年6月〜2002年6月)を勤めた間はそのピークであったかもしれない。2000年6月当時、日銀執行部は1999年2月以来のゼロ金利政策を解除する方向に傾いていたのに対し、クルーグマン*2など内外の学界はゼロ金利政策を超えた金融緩和政策に踏み切るべしと主張し、両者は激しく対立していた。2000年8月ゼロ金利政策は解除されたが、その後景気の後退が明らかになる。結局、2001年3月、日銀はレジームを転換して量的緩和政策に踏み切り、2006年3月まで続けることになった。
量的緩和政策の効果、波及経路、副作用についての評価は定まっていないようだ*3が、本書では、「量的緩和政策の景気・物価に対する刺激効果という点では中心的な効果は時間軸効果*4であり、量の拡大はほとんど効果を発揮しなかった」(p365)と白川総裁自身の評価が示されている。
白川総裁は本書の「はじめに」で、「中央銀行の行う活動、あるいは金融政策という仕事について、もっと幅広い観点から議論の輪が広がってほしいという気持ちがあった。わが国における金融政策をめぐる近年の議論を振り返ると、不幸なことであるが、全体として実りある議論が行われたとは言い難い」「金融政策の運営についても比較的冷静に議論ができる時期になったように思われる」と記している。
賛成するにせよ反対するにせよ、金融政策について語る人たちすべてに、おすすめしたい一冊である。