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The Future of Work Arrives Early How HR leaders are leveraging the lessons of disruption

    The Future of Work Arrives Early How HR leaders are leveraging the lessons of disruption

    研究第三部
    主任研究員
    氏名:桝田直彦

    本レポートは、米国の人事管理(HR)職団体であり政府にロビー活動を展開する米国人材マネジメント協会(Society for Human Resource Management)とOxford Economics社が、2020年8月〜9月に米国、英国、ドイツ、中国、インドなど計10カ国で、企業の人事管理者に対し、職場環境、人材戦略の重点分野の変化などについて実施した調査をもとに作成されたものである。レポートは、COVID-19パンデミックによって発生した従業員の働き方の変化を指摘しており、新しい労働、雇用環境に対して人事部門が取り組むべき施策の方向性を考える上で、示唆に富んだ内容となっている。

    1.「新しい働き方」でみえてきた課題

    調査結果の詳細は国ごとに異なるが、各国共通で述べられているのはリモートワークの拡大である。それにより、「働く動機」、「企業が求めるスキル・キャリア」、「チームマネジメント」など、労働、雇用環境面で2層化が進んでいると本レポートは指摘している。 まず、働く動機での2層化は、労働の柔軟性を求める従業員層と報酬の高さを求める従業員層の顕在化である。在宅勤務が拡大する中で、コラボレーションツール、モバイルプラットフォームなどのリモートでの労働環境整備が人材獲得の重要な要素となった。特に米国では、他国に比べて労働時間や仕事場所の柔軟性を従業員が重視する傾向が強かった。一方で、サービス業をはじめとして、夜間や週末も働く必要がある産業を中心に、将来の不確実性の高まりから、柔軟性の低い労働環境下で高い報酬を得ることを求める従業員も多いと本レポートは指摘している。 次に、企業が求めるスキル・キャリアでは、事業環境の変化によって新たに必要となったスキルを有する人材の確保に関して、社内従業員のリスキリング(技能再教育)やスキルアップを優先する企業と、リモートでの労働環境をベースに、社外の人材獲得を優先する企業との2層化が進んだ。今後1年間にリスキリングなどの教育に投資予定とした企業の回答率を国別にみると、米国以外の平均が38%であったのに対し、米国が22%と低位であった。必要な人材を社外に求める傾向が強い米国の雇用慣行が、リモート環境の整備が進み、社外のスキルを活用しやすくなったことで顕在化した結果であると考えられる。「新しい働き方」が浸透する過程において、リスキリングやスキルアップに対する投資の主体が、企業にあるのか、個人にあるのかが、改めて問い直されることになるであろう。 最後に、チームマネジメントでは、エッセンシャルワーカーに対する現場を中心とした管理と、オフィスワーカーに対するリモートワークを中心とした管理との2層化が進んだ。前者では、個々の職場環境に応じた感染予防対策、生産性維持などが課題となった。後者では、オンライン会議において、表情や声色といった非言語コミュニケーションが困難であることに加え、組織における質の高い意思決定、効果的な業務遂行などの重要な要因とされる心理的安全性(一人一人が恐怖や不安を感じることなく、安心して発言・行動できる状態)の構築も重要になった。そのため、安全衛生管理上から、健康面、育児、介護といった家族の問題など、個人のプライバシーにより深く触れなければならない場面が多くなった。

    2.ウェルビーイングの追求

    「新しい働き方」の加速と合わせて、本レポートはウェルビーイング(well-being:心身ともに良好な状態にあること)にも焦点を当てるべきと指摘する。パンデミックの中で、従業員は身体的、精神的安全の確保を優先するようになり、企業も従業員の健康を守り、ストレスを軽減するマネジメントの重要性を従来以上に意識するようになった。特に、リモートワークにより雇用が維持される一方で、ビジネスとプライベートの境目があいまいになっている状態は、仕事と生活のバランスに悪影響を及ぼし、メンタル疾患、燃え尽き症候群などの健康問題を誘発するリスクが高まるとの懸念が強い。従業員が勤務時間外や休日に業務メールや電話などへの対応を拒否できる「つながらない権利」(Right to Disconnect)は、既に2017年にフランスの改正労働法で施行されていたが、この問題を背景に、2021年1月には欧州議会でも法制化を求める案が採択された。 また、従業員のウェルビーイングを促進するオフィス機能、ワークスペースの再構築も重要になろう。例えば、仕事内容に合わせて時間と場所を自由に選択できる「アクティビティ・ベースド・ワーキング(ABW)」の考え方に基づき、オフィス機能をコラボレーションとクリエイティビティ創出に特化させる事例などが注目を集めている。組織風土としてオフィスデザインにウェルビーイングの考え方を組み込んでいくことにより、生産性の向上、さらには事業拡大にもつながると期待できる。

    3.ダイバーシティ&インクルージョン (D&I)の新たな視点

    企業にとってウェルビーイングマネジメントの重要性が今後拡大する中で、どのような人事管理施策を進めるべきか。本レポートは、従業員一人一人の多様性を互いに尊重し、認めあい、組織の一体感を醸成することで成長と変化を推進するダイバーシティ&インクルージョン(D&I)に公平性(Equity)を加えたDEIの観点が必要になると指摘している。例えば、ダイバーシティと公平性の両立の観点が必要となる例として、ワーク・ファミリー・コンフリクト(仕事と家庭の衝突)への対応が想定される。働く親の多くがリモートワークと並行して育児や在宅教育に対応している状況下では、ワークライフバランスが崩れやすくなり、育児や家事の負担が、父親か母親かのいずれかに集中し、公平性が損なわれる可能性が高まる。実際米国では、2020年9月に110万人が離職したが、その約80%が女性となっており、育児と仕事と生活のコンフリクトが、女性に集中している実態が明らかとなった。このような状況に対し、育児支援施策の拡充、在宅勤務支援への給付拡大の検討などが重要になるが、米国では調査回答者の約75%が、これらの施策を提供する予定はないとしていた。この問題に対しては、改めて状況を認識し、不均衡是正に向けた対応が必要となろう。 そして、インクルージョンと公平性との両立では、個を尊重し、一人一人が持つリーダーとしての資質を引き出しながら、組織全体の力を向上させるインクルーシブリーダーシップと呼ばれる新たなリーダーシップスタイルが重視されるようになってきている。ここでは、仕事の成果の評価プロセスが公平で、従業員が敬意を持って扱われることが重要になる。デロイト トーマツ グループの調査によると、インクルーシブリーダーを擁するチームは、このリーダーシップ資質を持たないリーダーが率いるチームと比較して、優れた成果を上げる傾向が17%、成果につながる賢明な意思決定を行う傾向が20%、メンバーそれぞれが協調的に行動する傾向が29%、高くなるとの結果が出ている。

    2018年1月 Deloitte Reviewより (インクルーシブリーダーの評価に関するデロイトオーストラリアの分析)

    4.次なる未来へ向けて

    COVID-19パンデミック禍でのリモートワークの拡大は、労働・雇用環境に対して、強制的かつ急速な変化をもたらした。リモートワークを前提とする企業は、住居や通勤時間といった地理的条件の制約を受けることなく人材マーケットにアプローチできるようになったため、優秀人材を引きつけるリモートでの労働環境整備がますます重要になった。一方で、ミレニアム世代、Z世代を中心に、自身の都合で働く場所、時間を選択するギグワーカーも急速に増えている。このような取り巻く環境の変化の中で、人事部門は、ギグワーカーなど多様性ある人材をリモートでの労働環境整備などで受容していくとともに、社会保障、給与などの公平性に留意した施策にも取り組んでいかなければならない。 また、「The Great Resignation」(大量退職時代)と呼ばれるようになった昨今、従業員のエンゲージメントを高め、労働力を長期的に確保するためには、DEIにBelonging(帰属意識)を加えた考え方も広がりつつある。心理的安全性の構築と合わせて、「ありのままの自分が理解され、受け入れられている」との充足感が帰属意識を高めるという。 人事部門には、これまで以上に未来志向の洞察力、個人の存在意義や主観への配慮を持つことが求められている。

    ご紹介の文献URLはこちら
    The Future of Work Arrives Early (shrm.org)

    執筆者紹介

    桝田 直彦(ますだ なおひこ)
    日立総合計画研究所
    研究第三部 主任研究員
    持続的価値創生、成長の調査などに従事。日立製作所 公共社会人事部を経て、現職。

    機関誌「日立総研」、経済予測などの定期刊行物をはじめ、研究活動に基づくレポート、インタビュー、コラムなどの最新情報をお届けします。

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