所属部署 研究第三部 産業グループ
氏名:芳山達彦
走行中給電とは、電池式の電気自動車(EV)や電動トラック、電動フォークリフトなどの産業用車両・機械に対して、走行中に給電、充電する技術の名称です。2015年のパリ協定以降、世界的にカーボンニュートラルに向けた動きが加速しており、2030年のCO2排出量削減では、日本は 2013年比46%減、ドイツは 1990年比65%減、英国は 1990年比68%減、などの目標達成に向け、各国で技術開発や施策が推進されています。こうした状況において、欧州にて2035年以降のハイブリッド車を含むエンジン車の販売規制提案や、日本を含む各国にて2030年代半ば以降のガソリン車の販売禁止検討などをはじめとして、自動車や各種産業用機械の電化需要は今後ますます高まる傾向にあります。その一方で電動車両の普及を妨げる課題の一つとして充電インフラ不足や充電時間の長さが挙げられており、この解決策として走行中給電が注目されています。特に、産業分野では、充電による停車時間(=時間損失)を無くすことによる生産性向上の効果も期待できます。
資料:各種公開情報より日立総研作成
図1 走行中給電方式の一例
走行中給電の実用化は、特定走行路を利用するためレイアウト固定化の影響を受けにくく、かつ稼働実績が明確でインフラ整備・運用コストの回収計画が立てやすい産業分野で進んでいます。図2は、横軸にインフラ投資の回収性に関する指標として稼働時間を、縦軸にレイアウトの固定化に関する指標として稼働区域をとり、各業種における走行中給電の取り組み状況を示したものです。物流や旅客運輸業界は、オペレーション時間が生産効率に直結しているため、ダイナミックチャージングの導入によるロスコスト減少効果が大きいという特徴があります。また公園や都市内循環バスやパーソナルモビリティ、倉庫内搬送では稼働区域が限定されているという特徴があります。こうした点を兼ね備えた領域から、実証実験、実用化が進んでいます。
資料 各種公開情報より日立総研作成
図2 各車両における走行中(作業中)給電の開発状況
最も先行している分野が物流業界です。物流倉庫内では、機械の自動化と合わせて、稼働しながらの設備・機械への給電が導入されています。AGV(Automatic Guided Vehicle:無人搬送車)を対象とした、荷物の積み下ろし時の継ぎ足し給電は既に実用化されており、走行ルートに沿って設置された帯状の送電パッドから非接触での電力供給を行い走行中の給電を可能とする製品の開発も進められています。
公道での実用化の検討も始まっています。ここでは、一般車両に先駆けて長距離輸送トラックや路線バスの旅客運輸車両での実用化が予想されます。走行中給電によるバッテリの小規模化で車両コストを低減できること、充電による時間損失が低減できることなどが、加速要因となると考えられます。表1に示す通り、海外では接触式、非接触式ともに旅客運輸車両を対象とした公道での実証実験や試験的な運用が行われています。
表1 海外の走行中給電実証実験事例
プロジェクト | eRoad Arlanda (スウェーデン) |
FESH PJ (ドイツ) |
OLEV (大韓民国) |
Project Victoria (スペイン) |
Tel Aviv (イスラエル) |
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推進組織 | 共同事業体 “eRoad Arlanda” |
Siemens社 など |
韓国科学技術院 | マラガ市 Endes社 CIRCE など |
テルアビブ市 Dan Bus Company ElectReon社 など |
実証開始年 | 2017年 | 2020年 | 2013年 | 2015年 | 2020年 |
車両 | 貨物輸送トラック | 貨物輸送トラック | 路線バス | 路線バス | 路線バス |
方式 | 接触式-可動アーム式 | 接触式-パンタグラフ式 | 非接触式-磁界結合式 | 非接触式-磁界結合式 | 非接触式-磁界結合式 |
給電区間 | 空港の貨物ターミナルからロゼルズベルグまでの約2kmに設置 | ラインフェルトとリューベックを結ぶ連邦高速道路 10km に設置 | 走行ルート24kmのうち144mに設置 | 走行ルートのうち約100mに設置 | テルアビブ大学と駅のルート間の約600mに設置 |
特筆点 | 給電量に応じた課金システム | 運送会社にて実運用開始 | 最高速度85km/hでの給電 | 計400kWの電力を伝送 |
資料 各種公開情報より日立総研作成
長距離運輸トラック向けでは、Siemens社が、2019年〜2022年までドイツのラインフェルトとリューベックを結ぶ連邦高速道路(10km)に架線を設置し、実用化に向けた試験的な運用(Field Test eHighway Schleswig-Holstein)を行っています。給電方式は、車両に搭載したパンタグラフを架線に接触させながら受電する接触式で、従来のトロリーバスと異なり、架線区間で給電した電力は車体に搭載したバッテリに蓄電し、架線区間外の動力とすることが可能です。この試験的運用では、ドイツの運送会社Reinfelder Spedition Bode社がラインフェルト-リューベック間の実際の輸送に使用しており、最も実用化に近いプロジェクトの一つとして期待されています。
また、路線バス向けの走行中非接触給電も世界各国で実証実験が行われています。これらの実証実験は、伝送距離や伝送電力の観点から公道走行車両向けとして最も有力な磁界結合方式が採用されており、敷設されたコイルの巻き方や深さ、送電・受電装置の間隔による給電出力や給電効率の違いなどに関する技術的な検証が行われています。2013年の韓国亀尾市を皮切りに、2015年にはスペイン、2020年にはイスラエルにおいても路線バスを対象として実証実験が行われました。さらに、フランス(INCIT-EV PJ)や英国(DynaCov PJ)においても相次いでプロジェクトが開始されるなど、近年実現に向けた動きがますます加速しています。
今後の本格的な実用化に向けて、上記のような技術的な課題に加え、コイル状の異物検知などの安全対策、電気料金の課金体系などの事業収益性の検証、インフラ設置のための法規制整備など、多面的な課題を解決する必要性があり、これらの課題に対し、例えばドイツのFESH PJでは持続可能な事業モデルの検討を行うなど、前述の実証実験と並行して研究・検討が既に開始されています。
産業分野の中でも、物流現場において、AGV用の他に、AGF(自律フォークリフト)や倉庫用ロボットなど、深刻化する人手不足の解決策として開発が進む自律式機械への早期導入が予想されます。
また、公道での実用化においても、脱炭素化の潮流や今後普及が想定される自動運転との親和性も高いことから、今後EVの普及と合わせて走行中給電技術の需要が高まることが考えられます。
EV普及のため、欧州の自動車メーカは、航続距離を伸ばす技術開発を進めていますが、ライフサイクル全体で経済性・環境性を両立する技術としての走行中給電技術システム構築も一つの解決策の形であると考えられます。
例えば、東京大学やブリヂストン社らが共同開発中のインホイールモータに対して、一般的に車体底部に配置される受電コイルを装着することで、伝送効率低下の一因となっていた路面の凹凸や乗車人数の違いによる伝送距離変化の影響を回避し、高い伝送効率を安定的に維持することが可能となります。高い伝送効率を維持することで、路面に敷設する送電コイルの規模縮小につながり、さらに車載電池容量も抑えることができ、車体価格の低減や、電池製造における二酸化炭素排出量削減など、製品ライフサイクル全体での環境的なメリットにもつながります。
走行中給電技術は、車体技術のみならずインフラ設備や法規制に関わる技術であるため、実用化に向けて産学官が一体となり、今後さらなる技術開発や経済性・事業性の検討、規制の緩和など多面的に検討していくことが期待されます。
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