所属部署 研究第三部 技術戦略グループ
氏名:山下優香
Beauty Techは美容とテクノロジーとの融合を指す取り組みです。美容業界の新たなトレンドになりつつあります。
美容業界ではIT技術の導入が急速に進んでいます。スマートフォンを始めとしたデバイスを通じて取得した消費者のパーソナルデータを基にした、新たな商品・サービスの研究開発が活発化しています。消費者は、自分の容姿・好みに合う商品や自身の肌・毛髪の状態に応じた商品をAI(Artificial Intelligence: 人工知能)が選別してくれるサービスを受けたり、AR(Augmented Reality: 拡張現実)技術を用いたメーキャップやヘアスタイルの疑似体験をしたりすることができます。そうすることで、消費者は店舗に出向くことなく、商品のお試し体験から商品の購入まで全てECサイト上で行うことが可能になってきているのです。
美容業界におけるBeauty Tech発展の背景には、化粧品に対する消費者ニーズの深化があります。美容業界では、これはマズローの欲求5段階説*に沿っていると捉える考え方があります。1990年代以前は、消費者にとっての化粧は身だしなみであり、社会的欲求を満たすための手段、つまり、周りの人々と同じスタイルで化粧をすることでコミュニティへの帰属意識を満たすために存在していました。しかし、近年、消費者にとっての化粧は、自分の容姿を他人に認めてもらいたいといった承認欲求を満たす手段となり、さらには「自分がイメージする理想の自分」になるための自己実現の手段といった位置付けに変化してきました。他人と自分を差別化し、自分の個性追求に価値を見いだし始めてきています。
また、アンチエイジングに代表されるように、健康とセットで美容を考える消費者が増えてきていることも背景のひとつです。消費者は化粧品に対し、見た目を変えるだけでなく、紫外線対策などの老化予防効果も求めるようになってきています。自身の肌や毛髪の状態を把握し、必要なケアは何なのかを示してくれるツールが求められています。
Beauty Techの進展に欠かせないテクノロジーがIoT技術です。
資生堂は、スマートフォンで肌を撮影するだけで肌の水分量や油分量などが分かる専用アプリを開発し、利用者へ診断結果に基づいたスキンケア方法などのアドバイスを提供しています。さらに、その診断結果から利用者の肌に合う化粧液を自宅でリアルタイムに配合・抽出するIoTスキンケア装置を開発し、一人ひとり、その時々の肌状態に合わせたケアの実現を可能にしました。従来の取り組みでは、測定から診断結果が得られるまでに日数を要していました。肌や毛髪の状態はその時の自身の体調や外的環境に大きく左右されるため、リアルタイムで結果を知ることができるサービスが望まれていました。
また、ロレアルは、爪に貼ることができる超小型の紫外線センサーを開発しました。体が浴びている紫外線量を常時計測でき、その結果はスマートフォンの専用アプリでチェックできるようになっています。センサーは太陽光発電で作動し、近距離無線通信(Bluetooth)でスマートフォンにデータを送信します。常時爪に貼っていてもネイルアートのパーツに見えるため、ファッション感覚で使用できることが特長です。ロレアルが紫外線センサーの利用者に対して行った調査によると、利用者の34%がより頻繁に日焼け止めを塗布するようになり、37%が日なたを避けるようになるなど、スキンケアを一層心がけるようになったとのことです。
AR技術を用いた化粧品のバーチャル・フィッティング・サービスの提供も盛んです。これまでは広告やカタログの情報を参考にして化粧品を購入することがほとんどでしたが、いざ使用してみると自分がイメージしていた見栄えとは異なっており、満足しない結果となってしまうことも多いことが課題でした。バーチャル・フィッティング・サービスの登場により、利用者は自分がなりたい顔がどのようなものなのかを自分で探索することができるようになりました。例えば、スマートフォンに自身の顔を読み込み、専用アプリを用いてメークや髪型のシミュレーションを行うことで、利用者は「自分がイメージする理想の自分」を見つけることができます。さらに、これにAI技術を組み合わせることにより、利用者は膨大な化粧品の中から自分のなりたい顔に必要な化粧品を見つけることが可能になりました。
これまでの化粧品は店舗販売が主でした。現在も化粧品販売のEC化率は5%程度と低い状況です。しかし、今後はBeauty Techによる技術革新でEC化が大きく進展すると予想されます。また、大手化粧品メーカーにおけるAIやAR技術ベンチャーの買収も盛んに行われており、大手化粧品メーカーを筆頭に化粧品のEC化は今後急速に拡大する可能性があります。一方で、消費者は人対人の温かみが感じられるサービスも望んでいます。店舗では消費者の悩みや疑問に応じてくれるカウンセラーが重要な存在となってきていることから、今後は、ECサイトと店舗との明確なすみ分けが進むことが考えられます。
また、美容分野と医療分野との境界線が曖昧になってくることも予想されます。美容は健康があってこそ、といった考え方が美容に関心のある消費者の間で主流になっています。きれいになるための健康維持は予防医療にもつながります。例えば、美肌づくりのためには紫外線やPM2.5のような大気汚染物質から肌を守ることが大切ですが、このことは同時に皮膚がんの予防にもつながります。きれいになるための努力が健康増進へとつながるわけです。美容業界もこのような消費者の動向を捉え、最近は化粧品メーカーが健康食品やサプリメント、冷え対策のインナーウエアなどの健康増進につながる商品・サービスを提供することが増えてきました。さらに、スマートフォンで計測した個人の美容データを大量に収集し、それらを医療機関や医薬品メーカーなどと共有することで病気の早期発見・予防・改善にも生かすなど、新たなデジタル産業が期待されます。
Beauty Techは、従来嗜好(しこう)品であった化粧品を、健康維持・増進につながる日常必需品に変革しようとするのみならず、美容産業とヘルスケア産業とを融合し、産業構造の転換をもたらす可能性を有しています。
機関誌「日立総研」、経済予測などの定期刊行物をはじめ、研究活動に基づくレポート、インタビュー、コラムなどの最新情報をお届けします。
お問い合わせフォームでは、ご質問・ご相談など24時間受け付けております。