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Regulatory Sandbox

    所属部署 研究第二部 公共・社会グループ
    氏名:尾見信輔

    1.Regulatory Sandboxとは

    Regulatory Sandboxとは、直訳すると「規制の砂場」であり、革新的な新事業の創出を目的として、当該事業の実証実験に対する現行法の規制適用を、対象者を限定し、一時的に停止する規制緩和策です。2014年に英国でFinTechによる消費者向けサービスの促進を目的に導入され、その後他地域にも広がり現在、米国、シンガポール、香港、オーストラリア、アブダビなどでも同様の政策が導入されています。
    日本でも、政府の未来投資会議で、自動走行や小型無人機(ドローン)などの実証実験を迅速化するため「日本版レギュラトリー・サンドボックス」の導入を検討しています。2017年6月に国家戦略特別区域法を改正し、法施行後1年以内をめどに「日本版レギュラトリー・サンドボックス」の制度内容を検討し、必要な措置を講じる予定です。

    2.従来の規制緩和との違い

    従来は、企業が市場にない新しい商品やサービスを事業化しようとする場合、事前に抵触する法規制がないか確認し、抵触する場合には商品・サービスの仕様を変更するか、または行政に対し規制緩和を要望するなどの対応を行ってきました。このうち企業からの要望を受けて行政が規制緩和を検討する場合、規制緩和によって生じる弊害から新商品・サービスの利用者を保護するための代替措置や特例措置の検討が必要になります。結果的に、規制緩和の実現までには長い時間がかかるため、企業にとっては新商品・サービスの市場投入遅延による事業機会損失が発生していました。
    Regulatory Sandboxでは、企業が事業を実証実験として進めながら、行政との間で規制への抵触の有無の確認や抵触した場合の具体的な内容、さらには必要な規制緩和のあり方について協議するため、新商品・サービスを市場投入するまでの時間やコストを削減できます。ハーバード大学Ariel Dora Stern氏は、2014年の論文(注)の中で米国における医薬品、医療機器全般における規制当局の承認プロセスがイノベーションに与える影響を分析しています。結論として、規制の不確実性による商品の市場投入の遅延を排除することで、商品開発を行ってから市場投入までに要する承認時間を1/3短縮できると試算しています。

    (注)
    Ariel Dora Stern(2014)「Innovation under Regulatory Uncertainty: Evidence from Medical Technology」

    3.海外の金融分野で導入が進むRegulatory Sandbox

    海外ではFinTech分野を中心としてスタートアップ企業の市場参入拡大による金融サービスの競争促進政策の一環としてRegulatory Sandboxの導入が進んでいます。ここでは英国の取り組みを紹介します。 英国では金融行為規制機構(Financial Conduct Authority、以下FCA)が、FinTechを活用した事業を育成するため、期間と対象顧客を限定して実証実験としてサービス提供の可否を審査する制度であるRegulatory Sandboxを導入しています。Regulatory Sandboxを利用するには、まず事業者がFCAに対し実証実験を行いたい新たな金融商品やサービスを提案します。FCAは新規性のあるソリューションであるか、消費者に明確な利益をもたらす見通しがあるかなどの適用基準(表1)に適合するか審査を行い、審査に合格した場合、事業者はFCAとの事業オプションの協議を踏まえて実証実験を行います(表2)。実証実験の最終報告を踏まえ、事業者は期間や対象顧客を制限しないRegulatory Sandboxの適用対象外の一般市場での金融商品、サービスの提供の可否を判断し、法規制に抵触する場合には、法規制が見直されるのを待つか、あるいは規制への抵触を回避すべくビジネスモデルを変更します。FCAは事業者が事業を実施する上で法規制に抵触する場合にその規制の見直しを検討します。
    Regulatory Sandboxでは革新的な商品やサービスの実証実験を実際の市場で実施するため、顧客に経済的損失を与える可能性があり、企業とFCAが共同でリスクを注意深く管理する必要があります。FCAは顧客保護のアプローチとして、ユーザーを利用合意者に限定する、全損失を負担するなど4方法を挙げています(表3)。FCAは、顧客への開示情報(事業活動、顧客保護方法、補償方法)を事前に事業者がFCAに提示、FCAが許可することでサービスを開始するアプローチ2が好ましいとしていますが、他のアプローチ方法や複数併用も可能とし、顧客保護の方策について柔軟性を持たせています。
    FCAが2016年から開始したRegulatory Sandboxの利用募集では、第1期に69件の利用申請があり、24件が実証実験開始の認可を受けました。認可を受けた事業には、例えばブロックチェーン(分散型台帳技術:データベースを複数のコンピューターや場所の間で共有・同期化する技術)を活用した電子マネーシステムによる送金サービスの提供などが含まれています。現在、FCAが事業者の最終報告についてレビューを行っているところです。また、2017年6月15日に第2期の認可結果が発表されており、77件の申請のうち31件が実証実験開始の認可を受けています。

    表1:Regulatory Sandboxの適用基準

    # 概要
    1 事業者が計画する新しいソリューションが金融業界向けに設計されているか、またはそれをサポートしているか
    2 新しいソリューションは新規性があるか、または既存のものと大きく異なるものであるか
    3 消費者に明確な利益をもたらす見通しがあるか
    4 Regulatory Sandboxの枠組みの中で事業を実施する必要性があるか
    5 事業実施の準備ができているか(対象顧客、リスクと緩和策、テスト結果の評価方法、出口戦略などが十分に示されているか)

    FCA資料より日立総研作成

    表2:Regulatory Sandboxの利用プロセス

    # 手順 内容
    1 利用申請 事業者がFCAに実証実験を行う金融商品やサービスを提案
    2 FCAによる事前審査 FCAは表1の適用基準に適合するか審査
    3 事業オプションの協議 審査をクリアした場合、事業者とFCAが成果指標、顧客保護措置などを協議
    4 実証実験の開始 FCAが事業者に対し実証実験開始を許可
    5 実証実験の開始、モニタリング 実証実験を開始し事業者とFCAが経過を随時モニタリング
    6 実証実験の最終報告、レビュー 実証実験終了後、事業者は4週間以内にFCAに最終報告を提出
    FCAは最終報告書をレビュー
    7 事業化判断 FCAのレビュー後、事業者がRegulatory Sandboxを利用しない一般の市場で金融商品やサービスを提供するか判断

    FCA資料より日立総研作成

    表3:顧客保護のアプローチ方法

    # 概要
    1 事業者が顧客に対し、ソリューションにより得られる利益と潜在的リスクを説明し、合意した顧客に対してのみそのソリューションを提供
    2 顧客への開示情報(事業活動、顧客保護方法、補償方法)を事前に事業者がFCAに提示。FCAが許可
    3 顧客に対し、認可された他の事業者のソリューションを利用する顧客と同様の権利を付与(苦情を申し立てるための金融オンブズマンサービスの利用や事業が失敗した場合の金融サービス補償機構を利用する権利など)
    4 事業者が顧客の損失を補償(事業者は損失を補償するだけの資本があることを証明する必要がある)

    FCA資料より日立総研作成

    4.他分野への導入

    金融分野で導入が進んでいるRegulatory Sandboxですが、エネルギー分野への導入でも関心が集まっています。英国では2017年2月、ガス・電力市場の管理当局Innovation Linkはエネルギー取引・供給システムに関するRegulatory Sandbox事業を募集し、五つの事業(表4、1件は未公表)を選定しました。また、2017年10月、英国に続きシンガポールにおいてもエネルギー市場監督庁がエネルギー分野に関するRegulatory Sandbox導入のガイドラインの最終案を発表しています。

    表4:エネルギー分野での導入状況

    # 企業名 事業概要
    1 EDF Energy R&D UK (consortium) P2Pローカルエネルギー取引プラットフォームの提供
    2 Origami Energy 商用利用者が独立系発電事業者からエネルギーを直接購入できるようにするプラットフォームの提供
    3 OVO Energy スマートホーム技術によってサポートされる新しい料金設定方法の導入
    4 Empowered ローカルP2Pエネルギー取引スキームの提供

    ofgem資料より日立総研作成

    5.日本での今後の動向

    日本においても、経済産業省が2030年に向けてAIやIoTに代表される革新技術の社会実装を実現すべくRegulatory Sandboxの導入を検討しています。具体的に導入を想定されている分野として、政府調達が挙げられます。政府調達では入札参加資格申請において、登記事項証明書など公的書類を取得し申請書に添付しなければなりません。一方で電子記録された登記情報には法的効力がなく、申請に利用することができませんが、ブロックチェーンにより情報の真正性が確保されれば、公的書類を添付することなくオンライン上で入札参加資格の申請手続きをすべて行うことが可能となります。また、その他の分野として、工場内の電力線を活用した高速通信(PLC)でもIoTによる生産管理やPLCの屋外利用によるセンサーやカメラでの防犯・見守りサービスなど、現行の電波法で利用が制限されている新しいサービスも、Regulatory Sandbox適用の対象として想定されています。
    また、未来投資会議においてもFintechや自動運転の実現に向けたRegulatory Sandboxの導入を検討しており、海外での実証実験の検証結果を踏まえた導入が進展するものと考えられます。

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