所属部署 グローバル政策・経営研究センタ
氏名:赤坂悟
環境性、経済性、および安定性という社会的便益に欧州規模で貢献するインフラ開発プロジェクトをPCIといいます。
EUの政策執行機関である欧州委員会は、人・物・サービス・資本の自由な移動を可能とする単一市場の効率的な運用基盤となる物理的ネットワークとして、エネルギー、交通、そして通信インフラの整備を進めています。例えばエネルギー分野では、広域エネルギー網の構築をPCIとして認定しています。欧州委員会は2020年までに温室ガスの排出量を1990年比で20%まで削減する目標を掲げ、再生可能エネルギーを広域にわたって最大限活用し、融通するために国際連系線の整備に取り組んでいます。国際連系線の整備によって、欧州規模でのエネルギー市場の統合が進み、経済性向上と、エネルギー供給源の多様化への貢献も期待されています。欧州委員会は加盟国間のエネルギーの相互接続の割合を2020年までに10%に引き上げることを目標としており、国際連系線を含めた広域エネルギー網(送電網・パイプライン)に2,000億EUROの投資が必要であると試算しています。目標達成に向けて事業者の継続的な投資を維持するために、2013年から広域エネルギー網の構築がPCIに認定され、優先的な支援を受けています。
EUのEnergy Infrastructure Regulation(EU Regulation No347/2013)では、PCIの認定基準としてEU加盟国のうち最低でも2カ国以上に便益をもたらすこと、環境性(CO2排出削減)、経済性(市場統合と競争活性化)、そして安定性(供給安定性の改善)に寄与する開発事業であることを挙げています。欧州委員会は客観的にPCI認定の妥当性を評価するために、費用対便益分析(Cost Benefit Analysis:CBA)を用いています。プロジェクトコスト(費用)に対して、環境性、経済性、安定性を含む社会的便益を定量的に評価し、プロジェクトの合理性を判断しています。なお、透明性確保のため、各プロジェクトのCBAの結果は欧州系統運用者ネットワーク(ENTSO-E)が2年ごとに策定する系統開発10カ年計画(Ten Year Network Development Plan)で公表されます。
2015年にPCIに認定された例として、フランスとスペイン間の国際連系線「Biscay Gulf」プロジェクトがあります。このプロジェクトによって、イベリア半島の北岸からフランス西岸に面するビスケー湾に370kmの高圧直流送電(High Voltage Direct Current:HVDC)の海底ケーブルが敷設されます。CBAの結果によると、本プロジェクトで達成される連系線の運用容量増強によって、電力料金が安価な地域の電力を発電費用(燃料費や設備保守費用など)が高い地域で利用できます。発電費用が高い地域では、発電所の焚き減らしによって燃料費が削減できるため、発電費用の削減に大きく貢献すると評価されています。17.5億EUROのプロジェクト総費用に対して、発電費用の削減効果は年間2.4億EUROにおよぶと見込まれています。
PCIに採択されると、EUからさまざまな優遇措置を受けることができます。広域エネルギー網の場合は、事業承認プロセスの加速化(通常10年要する許認可の手続きを3.5年以内に短縮)、EUからの公的な財政支援や欧州投資銀行からの融資、債務保証などの優遇措置を受けることができます。
欧州委員会は2013年にEUのエネルギー、交通、そして通信インフラのプロジェクトを財政面で支援するConnecting Europe Facility (CEF)を創設しました。エネルギー分野では2014年から2020年までの期間に53.5億EUROの予算を組んでいます。2014年と15年にはPCIへの助成金として毎年7.97億EUROを拠出し、事業性の成立が困難なPCIに公的な財政支援を行っています。PCIは自動的にCEFの支援が受けられるのではなく、毎年実施されるCEFの公募に申し込む必要があります。欧州委員会の評価結果により、助成金を受けるPCIが決定されます。助成金の対象となるものとしては、助成金がなければ商業的に事業性確保が困難であること、エネルギーの安定供給に貢献すること、国際連系線の二国間の費用分配が決まっていることが条件となります。助成金は必要とされる調査、建設費用の50%を上限に支給されます。
パリ協定を踏まえ、今後日本でも再生可能エネルギーの導入が拡大します。電力システム改革を進めている日本にとって、環境性、経済性、および安定性の実現を同時にめざすEUのPCIに関する取り組みは参考になります。
日本で現在進められている電力システム改革は、安価で安定的な電力供給の実現に向けて、2015年に電力広域的運営推進機関(以下、広域機関)(注1)を設立し、2016年の小売り全面自由化を経て、2020年に送配電部門の法的分離、いわゆる発送電分離を計画しています。さらに今後再生可能エネルギーの導入拡大によって、電力系統の安定性を維持するための投資が必要になります。発送電分離によって電力系統の中立性確保・公平利用が求められる中、投資(費用)に対して社会が享受する便益を、環境性、経済性、安定性の観点から評価し、公表するPCI認定の枠組みは、一般送配電事業者の電力系統への投資確保の施策(融資など)のあり方を議論する上で参考になります。
日本でも、広域機関が2017年3月に公表した広域系統長期方針の中で、費用対便益に基づく電力流通設備増強判断について言及されています。具体的な案件への判断適用に向け、諸外国の事例なども参考にしながら、便益評価の項目、算出方法について検討するという方針を表明しています。電力・ガス取引監視等委員会(注2)も広域機関や一般送配電事業者の電力流通設備増強の判断に関して、CBA適用可能性の検証を開始しており、今後、日本でもPCI認定の前提となるCBAの分析手法の具体化や分析結果のレビュー方法の議論が加速する可能性があります。
(注1):電源の広域的な活用に必要な送電網の整備を進め、全国大で平常時・緊急時の需給調整機能を強化することを目的に設立された、すべての電気事業者に加入義務のある認可法人
(注2):電力・ガスの自由化に当たり、市場の監視機能などを強化し、市場における健全な競争を促すために設立された、経済産業大臣直属の組織
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