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アセットマネジメント国際標準化

    所属部署 研究第二部 エネルギー・環境グループ
    氏名:森健

    1.国際標準化が進むアセットマネジメント

    アセットマネジメントはエネルギー、交通、上下水道などの社会インフラを効率よく運営する手法です。近年、アセットマネジメントのインフラ運営計画策定手法などにおいて国際標準化のニーズが高まっています。これにはアセット運営者がインフラ管理・運営に関して当局や利用者から説明責任を求められる場面が増加していることが背景にあります。例えばコンセッション(公共施設など運営権の付与)に代表されるPFI(Private Finance Initiative)案件に応札する場合、アセット運営者になる民間企業は、自らのアセットマネジメント能力を公募事業者に客観的に証明する必要があります。また、民間・公共事業者に関わらずアセットの運営事業者はアセットマネジメントの方針や成果を適宜、関係省庁や利用者などのステークホルダーへ説明する必要があります。国内外を問わず官民の多様な主体が関わる社会インフラの運営・維持管理において、アセットマネジメントの国際標準化は、お互いが手違いなく意思疎通する環境を提供します。
    アセットマネジメントの国際標準化は、日本企業の社会インフラ輸出戦略にも大きな影響を与えます。これまでは上下水道、鉄道、スマートグリッドなど個々の分野でのハードウエアやシステムの国際規格が議論されてきました。しかしハードウエアやシステムの納入のみならず、それらの運営・維持管理提案までが求められる昨今の国際入札では、「マネジメント」の国際標準に対応していることが入札条件となってきます。
    アセットマネジメントの国際標準化は、運営に関わるPDCA(Plan Do Check Act)サイクルと技術の両面から進行しています。運営に関わるPDCAサイクルでは、国際標準化機構(ISO)のデジュールスタンダード規格が整備されています。また技術では、遠隔でインフラのアセットマネジメントを行うための通信プロトコルやロボットなど、インフラ管理技術におけるデファクトスタンダード獲得の動きが存在します。優れたインフラアセットマネジメントの仕組みと技術の国際標準化が進むことで、さらに効率的な社会インフラ運営が可能となります。

    2.運営に関わるPDCAサイクルの国際標準化

    アセットマネジメントの運営PDCAサイクルの国際規格として、ISO55001(アセットマネジメントシステム)が2014年1月に発効しました。アセットマネジメントにおけるPDCAサイクルとは、社会インフラシステムの運営方針に基づく具体的な運営計画をまとめ、計画を実践し、成果を評価し運営計画の改善・再設計を行う一連の手順を指します。ISO55001が標準化するのは、アセット運営者が回すPDCAサイクルの策定手順です。具体的には、運営者は「組織の状況」「リーダーシップ」「計画」「支援」(Plan)「運用」(Do)「パフォーマンス評価」(Check)「改善」(Act)の7項目について、標準化された手続きにのっとったアセットの運営をする必要があります。例えば「組織の状況」では、運営組織が実現すべき中期運営計画、地域における当該ビジネスの現状と課題、自然災害や環境問題に関する現状認識と課題など、インフラ運営を取り巻く状況について理解し、アセットマネジメントで解決すべき課題を明確化します。第三者認証機関はアセット運営者がアセットマネジメントのPDCAサイクルをISO55001の手順にのっとって設計をしているか、運営に関する情報をISO55001の規格にのっとった文書で管理しているか、またアセットマネジメントに必要な管理・運営情報を収集する仕組みを構築しているかを監査した上で取得認証を行います。
    ISO55001を取得し、運営実績を上げることで、アセットマネジメントの成果が見える化され、ステークホルダーにその成果を客観的に示すことが可能になります。例えば仙台市はステークホルダーである市民に向けて、ISO55001のフォーマットを用いて下水道運営の成果を報告しています。仙台市建設局下水道経営部は独自の「成熟度診断ツール」「内部監査プログラム」を活用して、「組織の状況」「リーダーシップ」などPDCA7項目の対応状況を点数化、レーダーチャート化し、市の下水道運営の取り組みが着実に効果を上げていることを市民に情報公開しました。市民や当局への説明責任は海外の社会インフラ運営事業でも求められますが、その際の円滑な意思疎通のためにISO55001を取得する例も見られます。水ing(株)(出資会社:(株)荏原製作所、三菱商事(株)、日揮(株))は、2014年3月に国内民間事業者として初めてISO55001を取得しました。海外の水インフラ事業の入札参加にISO55001取得が条件となる可能性を想定して取得していることが分かります。ISO55001はデジュールスタンダードとして、世界各国あらゆる地域でステークホルダーへ説明責任を果たすためのフォーマットとして期待されています。

    3.技術の国際標準化

    ICTにロボット技術を加えたICRT技術による運営の高度化や社会インフラから得られる膨大な稼働データを活用した運営の省人化、効率化など、アセットマネジメントを高度化する技術に関して、国際標準化の動きが活発化しています。 ICTでは運営管理機器を遠隔制御するための通信プロトコルなど、メンテナンスでは非破壊検査技術、インフラ劣化予測技術などにおけるデファクトスタンダード獲得へ向けた企業間競争が始まっています。日本は社会インフラのメンテナンス技術の特許獲得数が欧米中韓を上回っており、「補修・補強工法技術」「補修・補強材料技術」「計測技術」「調査・診断・データ利用技術」などアセットの効率的運営において競争優位の技術を保有しています。海外でGE、SIEMENS、Veolia、Black&Veatchなどが進めるセンサー計測技術やクラウドプラットフォームなどを活用したソリューションに対抗するため、日本のインフラ管理機器メーカー、システムベンダーは自社が保有する優位技術を中心としてデファクトスタンダード獲得を視野に入れた研究開発を加速させています。インフラメンテナンス産業の競争力強化は2015年9月に政府が閣議決定した第4次社会資本整備計画で政府目標の一つとして掲げられています。内閣府「総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)」が創設した内閣府SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)では、各省庁や研究機関、そして建設会社、センシング会社、機器・電機メーカーなど民間企業が協業して「点検・モニタリング・診断技術」「ロボット技術」「情報通信技術」「構造材料・劣化機構・補修・補強技術」からなる「アセットマネジメント技術」の実証実験に取り組んでいます。内閣府SIPは将来的にこれら技術プロトコルのデファクトスタンダード獲得と関連技術・製品・サービスの海外輸出の底上げを狙っています。各省庁の個別の取り組みも進んでいます。総務省の「スマートなインフラ維持管理に向けたICT基盤の確立」では、老朽化する社会インフラのひずみや振動などのデータを収集し伝送する無線センサーの実証実験を基にした伝送通信技術プロトコルの国際標準化を目標としています。また経済産業省の「ロボット新戦略」では、社会インフラ用を含めた用途別ロボットの開発と通信処理、品質管理、安全性なども含めたロボット技術の国際標準化をめざしています。
    アセットマネジメントの国際標準化が進むことで、機器やソフトの互換性を心配することなく、オペレーションをより容易に行うことができます。各国でのアセットマネジメントノウハウの共有、他地域で再利用する可能性も広がります。現場でのオペレーター確保が困難になる昨今、デファクトスタンダード技術が広がることでシステムの自動化が促進され、熟練オペレーターに依存しない運営が可能になります。同一の規格の下、複数の企業が争うことで価格競争が進み、アセット運営者の調達コストが下がることも考えられます。アセットマネジメントの国際標準化は、社会インフラ事業のグローバル化や民営化の流れに合致した取り組みと言えます。

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