所属部署 研究第三部 社会・生活グループ
氏名:川村好弘
特別自治市とは、従来の広域自治体(道府県)・基礎自治体(市町村)という2層構造を廃止し、当該市域内に関する行政事務のうち国防や司法、通商政策など国家が担うべき権能以外の全てを担う都市のことです。2010年に政令指定都市(以下、政令市)19市で構成する指定都市市長会が、指定都市市長会議で初めて提案しました。
現在の大都市制度は、政令市を骨格としています。政令市とは、人口など要件を満たすことで、「特例」として政令で指定される都市のことです。指定されることにより、保健所や児童相談所の設置、市域内の小中学校教員に対する人事権など、道府県の7〜8割程度の権能が認められます。また、一般の市と異なり、内部に複数の行政区を設置できるなど組織上の特例が認められます。
しかしながら、この制度はあくまで「特例」としての位置づけとなっています。そのため道府県と政令市との間の権能のすみ分けは明確に規定されていません。権能が道府県の裁量によって上乗せする仕組みになっており、政令市への事務配分は、一部重複や道府県の監督が残るなど二重行政(図1)により相互の役割が不明確なものとなっています。また権能を政令市に移しても、その財源となる道府県税がそのまま残るなど、役割に応じた税財源が確立されていないという課題を抱えています。
特別自治市は、このような課題を解消し、当該市域内に関する行政事務で国家が担うべき以外の全ての権能と役割に応じた財源を与えることで、大都市としての都市経営を可能とさせるところに大きな違いがあります。
資料:各種公開資料より日立総研作成
図1:広域自治体と基礎自治体における二重行政の問題
特別自治市が求められる背景には、日本を取り巻く環境の変化があります。一つは、「ヒトのシニア化」(急速な高齢化)と「モノのシニア化」(インフラ老朽化)などによる将来の財政危機です。これまでの右肩上がりの経済成長によってもたらされた豊かな財源や人口増を前提としたシステムが成り立たなくなっている中で、国主導による全国一律の政策展開や国土の均衡ある発展が限界を迎えています。そのような中で、特に大都市では、交通や環境、エネルギー、防災など日常生活の安心・安全の確保や危機管理をはじめ、企業活動を支える産業政策、観光政策など、大都市ならではの課題を抱えています。このような規模が大きく複雑な行財政需要に応えるため、大都市には、全国一律的ではなく、都市ごとの状況に応じた政策と能力を発揮していくことが求められています。
また、グローバル化の進展に伴い、都市の国際競争力強化が重要になってきています。「グローバル・シティ」の概念を提唱した米コロンビア大学のサスキア・サッセン教授によると、グローバリゼーションとは世界の均質化ではなく、むしろ「都市」という単位を再浮上させる力学であったと論じています。今後さらに進展するグローバル競争の中では、国家の趨勢(すうせい)さえ「都市」が持つ価値や競争力の多寡に左右される時代になってきているといえます。
このような背景の中で、特別自治市には、大都市ならではの課題を解決し、都市の国際競争力を高めることで、日本経済をけん引していくことが求められています。
資料:各種公開資料より日立総研作成
図2:特別自治市創設前後の国・道府県・市町村の関係
特別自治市の創設には、法改正が必要です。その中で、指定都市市長会の一つである横浜市は、2013年に国の委員会報告を踏まえた「横浜特別自治市大綱」の策定をはじめ、県との協議により総合計画区域マスタープランの策定権限(2015年)や市立小中学校の学級編成基準を決める権限(2017年予定)など、権限委譲の取り組みを加速させています。
特別自治市は、非効率な二重行政が解消されることで、権限の一元化による効率的な体制整備や行政コストの削減が可能となります。私たちの生活では、市民窓口の一本化による手続きの簡素化、保育園・幼稚園と職業紹介・訓練を含めた一体的な子育て支援など、幅広い分野で市民サービスの向上が可能となります。
また産業面では、二重行政の完全な解消や税財源配分の是正により生み出させた財源を、各都市の持つ成長分野(MICE*1や観光、医療など)への投資や企業誘致の強化により、経済活性化や雇用創出の効果が見込まれます。横浜市の試算では、特別自治市への移行で市域内・市域外含めて4.8兆円の経済効果、48.4万人の雇用効果が見込まれるとしています。
このように、法改正で二重行政の解消や税財源配分の是正を行う形で、特別自治市を創設することにより、市民サービスの向上や経済活性化が期待できます。
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