所属部署 研究第二部 産業グループ
氏名:飯塚学
Precision Medicineとは、遺伝子情報、生活環境やライフスタイルにおける個々人の違いを考慮して疾病予防や治療を行うという新しい医療の考え方です。2015年1月20日に行われたオバマ米大統領の一般教書演説において、“Precision Medicine Initiative”が発表され、世界的にも注目されています。
従来型の医療(“one-size-fits-all”型医療)は、“平均的な患者”に対してデザインされたものでした。それは、「ある患者群には大変効果のある医療ではあるが、その他の患者にはほとんど効果がない」ということを意味します。Precision Medicineは、このような従来型医療からの脱却を促し、疾病予防や治療という医療サービスの世界に、イノベーションをもたらす可能性があるものとして期待されています。
Precision Medicineと類似した、従来用いられている言葉としてPersonalized Medicine(個別化医療)があります。
Personalized Medicineは、バイオテクノロジーに基づく患者の個別診断と、治療に影響を及ぼす環境要因を考慮し、多くの医療資源の中から個々人に適した治療法を抽出・提供することとされています*1。しかしながら、患者一人一人に適した治療法を検討し提供していくことは、極めて有効な医療サービスであるものの、医療機関は経営資源(医療資源)をより多く投入する必要があり、医療コストの高騰につながります。すなわち、Personalized Medicineは、これまで以上に高額な医療費を負担できる富裕層の患者でなければ享受できない医療サービスともいえるのです。
医療保険制度改革(オバマケア)や医療費高騰抑制施策などの医療制度改革を推進する米国政府にとって、Personalized Medicineを国民に適用させていくことは、医療コストの膨張につながり、費用対効果の観点から極めて非効率といえます。一方、Precision Medicineは、患者を“特定の疾患にかかりやすい集団(subpopulation)”に分類し、その集団ごとの治療法のみならず疾病予防を確立し提供していくものです。費用対効果の観点でPersonalized Medicineより優れていると考えられ、米国医療制度改革の一環として登場してきたのです。
Precision Medicine | Personalized Medicine | |
---|---|---|
対象単位 | 患者群(subpopulation) | 一個人 |
対象所得層 | 中間層・低所得者層 | 富裕層 |
予防への考慮 | 有り | 特段無し |
今後、米国では、Personalized Medicine は高額な医療費を負担できる富裕層を対象として進展し、一方で、無保険者だった者や中間所得層などの富裕層以外の国民に対しては、Precision Medicineによる医療サービスを提供する取り組みが進展するものと思われます。
Precision Medicineが浸透することで、治療薬はいわゆる「風邪薬」のような全般的に効用があるものが徐々に減少し、「遺伝子情報で分類された肝臓がん治療薬」といった、疾病対象や適用範囲が細分化されたものが主流となるものと思われます。これは、製薬会社の収益構造が、特許を得た1つの薬で大きな収益を得る「従来型収益モデル」から、小さく多種類の薬で収益を得なければならない「少量多種型収益モデル」への転換が求められることを意味します。製薬会社は、その変化に対応すべく「患者への治療薬投与結果の情報を持つ病院と、創薬のために情報連携する」*2など、新たな事業戦略が必要になると予想されます。
一方、病院などの医療機関は、遺伝子/分子/細胞などのビッグデータ分析と疾病要因遺伝子情報をはじめとしたリファレンスデータベースに基づいた診断を実施し、“特定の疾患にかかりやすい集団(subpopulation)”ごとに定められた治療法や予防法を行うことが想定されます。
米国では、より効果的な“がん”治療法開発のため、NIH*3が100万人規模のボランティアからなる研究コホートを創設し、参加者の遺伝子や生活習慣などの各種情報をデータベース化するなど、Precision Medicineへ向けた取り組みが動き出そうとしています。
この動きは、製薬会社や医療機関以外の周辺産業(IT関連企業・医療機器メーカ・民間保険会社など)も含め、新たな経済効果をもたらすものと予想されます。今後も国策としてPrecision Medicineを推進する米国の動向に、注目していくべきと思われます。
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