所属部署 エネルギー環境システムグループ
氏名:椎崎紀子
金融機関の環境経営に関する同様の行動原則としては、2003年に策定されたEquator Principles(以下「赤道原則」)や2008年2月に策定されたCarbon Principles(以下「カーボン原則」)があります。前者は、開発コストで1,000万ドルを超える規模のダムや発電所建設、資源開発などのプロジェクトファイナンスを行う際、環境面での負荷評価を行い、融資実施後は環境対策状況をモニタリングすることなどを定めています。後者は、CO2排出量を適切に管理する米国の石炭火力に対して融資することを定めています。一方、気候原則は、プロジェクトファイナンスだけでなく、気候変動問題に対する金融機関の事業活動全般に関する行動原則を規定するものであり、気候変動問題に対して金融機関が取るべき環境経営の方向性をより包括的に示している点に特徴があります。
表1 気候原則とその他同趣旨の原則比較
資料:各種公表資料より日立総研作成
Climate Principles(以下「気候原則」)は、金融機関の環境経営に関する最新の行動原則であり、クレディ・アグリコル、香港上海銀行(HSBC)、ミュンヘン再保険、スタンダードチャータード銀行、スイス再保険の5社が共同で策定し、2008年12月に発表しました。
国際エネルギー機関によると、気候変動(地球温暖化)対策には、世界全体で年間1.1兆ドルの投資資金の増加が必要であると推計されています。気候原則は、採択金融機関に、自社の環境負荷(CO2排出量)の抑制、環境対策への積極的な融資、環境負荷の高い融資の回避などを義務付けるものです。これらの取り組みを実施することで、大幅に不足している気候変動対策資金の規模を拡大することが気候原則の狙いです。気候原則の事務局である英国のNPO、Climate Group*1は、環境問題における金融機関の役割を、「アドバイザリー、融資、投資、保険などの金融サービスを通じて、個人や企業の気候変動問題対策および気候変動をビジネスチャンスとして生かす取り組みを支援すること」と位置付け、気候原則については、「金融機関における気候変動問題への対応のあり方を包括的に定めた自主的なフレームワークとして、世界初の取り組み」としています。
気候原則は、「Vision(ビジョン)」、「Our Achievement(我々が既に達成した事項)」、「Our Commitment(我々のコミットメント)」の3つの大項目で構成されます。気候原則を採択しようとする金融機関は、まず、「Our Achievement」に規定されるレベルの取り組みを実施するか、実施に向けた具体的な計画を策定することが求められます。その要求を満たし、気候原則を採択した金融機関は、「Our Commitment」に規定される行動原則に基づき環境経営を実践することになります。注目すべきは、金融事業の各活動ごとに気候変動問題に対処するための施策を講ずるよう要求している点です。
表2 気候原則の内容
資料:「The Climate Principles(原文)」より日立総研作成
現在、気候原則を採択している金融機関は冒頭に記した5社です。事務局であるClimate Groupの2009年2月付発表によると、さらに金融機関3社が2009年中の気候原則採択を目指した取り組みを進めています。また、Climate Groupは、さらなる気候原則の普及に向けて、2009年に以下の実施を予定しています。
かつて赤道原則がプロジェクトファイナンスにおける環境配慮を加速させたように、気候原則には、金融機関の業務全般、すなわち金融事業そのものを通じて一般企業の環境経営を加速する可能性があり、採択金融機関がどこまで拡大するか、今後の動向が注目されます。
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