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アルゴノーツ

    所属部署 経営グループ
    氏名:松本健

    アルゴノーツとは

    アルゴノーツ(Argonauts)とは、米国などのIT先進国で成功し故郷に回帰して起業する、イスラエルや台湾、中国、インドなど発展途上の国・地域生まれの高度技術人材のことです。これは、カリフォルニア大学バークリー校スクール・オブ・インフォメーションのアナリー・サクセニアン学部長が、その著書「The New Argonauts - Regional Advantage in a Global Economy」で、ギリシャ神話に登場する冒険家「アルゴナウタイ(Argonautai)」になぞらえて命名したものです(「アルゴノーツ」はギリシャ語「アルゴナウタイ」の英語表記)。
    神話のアルゴノーツは、黒海東端の王国コルキスにあるとされる金羊毛を求め、巨大船アルゴ号に乗って航海をしました。物語では、さまざまな困難を乗り越え、コルキスの王女メディアの協力で金羊毛の獲得に成功し、その後王女メディアをアルゴ号に乗せてギリシャに帰還したとされています。 20年から30年前までは、知的能力の高い人々がより良い労働条件を求めて、発展途上国から先進国へと移住する「頭脳流出」が起こっていました。サクセニアン学部長は、1980年代後半に入り流出頭脳である高度技術人材が故郷に回帰し始めることで、「頭脳還流」の段階に入ったと分析しています。

    現代のアルゴノーツの功績

    伝統的な経済発展モデルによれば、新製品・新技術は先進国・地域で生まれ、発展途上国・地域は、先進国・地域の多国籍大企業の下請けといった形で労働集約的な製造を受け持ちつつ、漸進的に技術を蓄積していくと考えられてきました。第二次大戦後のイスラエルや台湾も、このモデルが描く発展の途上にありましたが、20世紀最後の数十年で、急速に技術革新を実現し経済成長を遂げてきました。また、インドや中国でも、バンガロールや上海といった幾つかの都市でIT産業が一足飛びの急成長を続けています。
    こうした変化を生んだのは、米国以外で生まれて米国に留学・卒業し、その後もとどまってシリコンバレーなどのハイテク先進地域で起業した経験のある者たちです。彼らは米国での起業にあたって、民族的職業団体や故郷の校友会などの協力を受けることが多く、前述の「The New Argonauts - Regional Advantage in a Global Economy」でも多くの団体が挙げられています。やがて彼らは、新たな機会を求めて故郷に戻り、今度は米国で構築したノウハウや社会的・職業的ネットワークをそこに持ち込むことでハイテク企業を起こしました。イスラエルや台湾では、そうした人材と知識が急速に集積し、結果今日イスラエルはネットワーク・セキュリティーで、台湾は電子部品やIT製品のハードウエア分野で、それぞれ競争優位を生み出すまでに至っています。また、インドや中国も、いまだ頭脳還流の初期段階ですが、いずれの国でもパイオニアたちが地域のハイテク産業勃興(ぼっこう)に貢献しており、イスラエルや台湾と類似の傾向を示しています。

    新しい潮流:「頭脳循環」

    高度技術人材の国際的移動に関する統計は少なく、正確なデータの把握は困難ですが、一般に高度技術人材の国際的流動性は高まっていると言われています。例えば、OECDによると、1999年には37万人の高度技術人材が米国に流入しています。
    現代のアルゴノーツの国際的移動は、これまで、民族的職業団体や故郷の校友会などを通して、同じ民族アイデンティティーや言語、文化を持つ者との人的なつながりを基に、発展途上国・地域と先進国の間のみで行われてきました。こうした国際的移動は第三の国・地域をも含め、今や「頭脳還流」から「頭脳循環」へと新しい潮流に向かいつつあります。例えば、1980年代に米国から回帰し台湾にIT産業を生み出した技術者たちは、今度は上海などに渡り、米国から直接回帰してくる者たちとも協力し、技術的・経営的ノウハウを中国へと移転し始めています。

    グローバル企業と現代のアルゴノーツ

    現代のアルゴノーツの活動は、小規模のベンチャー設立という形で結実することが典型ですが、われわれがよく知る米国大手企業においても、研究所の設立などでアルゴノーツの出身国・地域に進出した際、彼らが研究職などとして進出のきっかけを作ったものもあります。
    今日の企業にとって、グローバルに活躍する優れた人材を、いかに確保するかが、大きな課題となっています。現代のアルゴノーツが持つ知識と、国境を越えたネットワークを活用するようなビジネスモデルが、今後グローバル企業にとっての成功要因となるかもしれません。

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