ページの本文へ

第25回 グローバル社会で競争力を強化する経営戦略 内永 ゆか子 氏

    グローバル社会で競争力を強化する経営戦略
    〜独創的なイノベーション創出を促すダイバーシティ・マネジメント〜

    企業経営のグローバル化が加速する中で、企業が変化し続けるグローバル事業環境に対応し、成長していくための経営手法としてダイバーシティ(多様性)マネジメントの考え方が注目されています。国籍、文化、宗教、性別などが異なる多様な人財を社内にもち、お互いの考えの違いを尊重し議論を進めることで、これまでにない独創的なイノベーションの創出が期待できます。
    そこで今回は、日本IBM総務取締役、ベネッセホールディングス取締役福社長などを歴任され、現在はNPO法人J-Winの理事長として企業における女性活用を支援されている内永ゆか子氏に、ダイバーシティ・マネジメントやグローバルな人財育成についてお話を伺いました。

    内永 ゆか子 氏

    interview25-01


    NPO法人 J-Win(ジャパン・ウィメンズ・イノベイティブ・ネットワーク)理事長
    1999年、米国WITI(ウィメン・インテクノロジー・インターナショナル)殿堂入り/ 2002年、ハーバード・ビジネス・スクール・クラブ・オブ・ジャパンビジネス・ステーツウーマン・オブ・ザ・イヤー受賞、/2006年、米国女性エンジニア協会SWE(ソサエティ・オブ・ウィメン・エンジニアズ)アップワード・モビリティ・アワード受賞/2013年、男女共同参画社会づくり功労者内閣総理大臣表彰受賞

    略歴
    1971年 東京大学理学部物理学科卒業
    1971年 日本アイ・ビー・エム株式会社入社
    1995年〜同社の取締役及び取締役専務執行役員などを歴任
    2007年〜株式会社 ベネッセ コーポレーション 取締役および取締役副社長などを歴任
    2008年〜ベルリッツ コーポレーション 代表取締役会長兼社長兼CEOおよび名誉会長などを歴任
    2013年 株式会社GRI(グローバリゼーション リサーチ イン スチチュート)代表取締役社長就任

    IBMの意識改革

    川村:内永さんは、日本IBM専務取締役、ベネッセホールディングス取締役副社長などを歴任され、また現在はNPO法人J-Win(ジャパン・ウィメンズ・イノベイティブ・ネットワーク)理事長の他、複数の日本企業の社外取締役も務めておられます。そのようなお立場からご覧になって、日立にどのような印象をお持ちでいらっしゃるのか、最初にお聞かせください。

    内永:御社とは、日本IBM時代にいろいろと接点をいただきましたが、お付き合いを重ねる中で、ある意味でIBMとよく似ているなと感じるようになりました。2009年、御社が苦境に立たれた後、社会インフラにフォーカスすることで、短期間で見事にビジネスモデルを転換されました。IBMもかつて巨額の赤字を出しましたが、1993年にルイス・ガースナー(敬称略)が会長兼最高経営責任者(CEO)に就任してからビジネスモデルが大きく転換しました。ただ、日本の企業であり、戦艦大和のように大きな御社が、あれほど短期間でビジネスモデルの転換を実行されたのはすばらしいと思いましたし、大変嬉しいことでした。

    川村:ありがとうございます。それまで日立は2度の石油危機を比較的簡単に乗り切ってきましたし、業績もずっと右肩上がりを維持していました。不沈艦という意識が長く社内に存在していましたので、なかなか平時の改革とはいきません。ところが、外からは全く分からなかったと思いますが、2000年を過ぎるころには、改革に出遅れて企業の体力が弱っていたのです。そんな状況でリーマンショックのようなものが来ると、あちこちで火が噴き出してくる。そうなったとき中の人間が「本当に何かしなければならない」と考えたのです。覚悟を決めて立て直しに取り組んだことが、早期回復を成し遂げた一番の要因ではないかと考えています。ガースナー氏も、IBMに来られたときに最初に取り組まれたことの一つに従業員の意識改革があったと思いますが、具体的にはどのようなことをされたのでしょうか。

    内永:ガースナーは新しい経営方針をいくつか打ち出しましたが、共通点は「お客様の視点に立て」ということでした。それまでも私たちはお客様の視点に立っていると思っていたのですが、どちらかというと「私たちが皆様にご教授します」というスタンスでした。しかし、世の中はどんどん変化し、特にテクノロジーの進歩は非常に速いですから、それまでのような大型システムで高い利益率を上げるというビジネスモデルが崩れていきました。それにもかかわらず、私たちの思考過程には“IBMフレームワーク”みたいなものがあって、そのフレームから市場を見るものですから、そこから外れたものは全てスクリーニングされてしまうのです。ガースナーは、まずそのフレームを全部崩しました。当時IBMでは、大型システム、中型システム、サービスといったようにグループを分割しようというような動きもありました。しかしガースナーは、「IBMはお客様にソリューションを提供する企業である。そのためにはいかにうまく自社のリソースをインテグレートするのかが非常に重要である」として、インテグレーションを重視する組織構造に変えたのです。もう一つ、とても重要な意識改革は、「No more push back」の考え方でした。それ以前は一度決めたものでもすぐに「再度検討しましょう」ということになり、なかなか実行までたどり着かなかったのですが、決めたらたとえ間違っていたとしても実行しなさいということになったのです。余計なことで議論するよりもPDCA(Plan→Do→Check→Act)を回して、そこからフィードバックを得た方が成果を得られるというわけです。

    川村:日立も「まずやってみて、ダメなときはなるべく早く直そう」という考え方ですので、それと少し似ていますね。

    内永:その通りです。それまでのIBMのスローガンは「Think(考える)」でした。社内のあらゆるところに“Think”のプレートが貼られていたのですが、ガースナーが来たらそのプレートが全部なくなったのです。もう十分に考えたのだから、足りないのは「Execute(実行する)」だと。そして、従業員の評価も「Win」「Execute」「Team」というものに変わりました。結果を出したか。実行したか。チームワークができたか。そういう観点からの評価は考えたことがなかったので、大変刺激を受けた記憶があります。

    川村:日立にも、「Integrity(誠)」、「Harmony(和)」、「Pioneering spirit/Challenge(開拓者精神)」という創業者の言葉があります。100年前の創業当時、従業員がわずか十数名のころに作られた言葉がずっと生きたまま受け継がれています。

    スピード感の重要性

    川村:IBMでは、取締役会で社長を決める際など人事が非常にオープンだと聞きました。その点、日本の企業はなかなかオープンにやるのは難しいのですが、いずれにしましてもこれからは密室の中でいろいろなことを決めるのは良くないと思います。

    内永:おっしゃる通りだと思います。御社の場合は2年間で大きくビジネスモデルを転換されましたが、そういうスピード感を持って実行するのが日本企業は非常に苦手ですね。なぜうまくいかないのかを突き詰めていくと、いろいろなことがブラックボックスになっています。ですから、どこから手を付けていいのか分からないのです。

    川村:今おっしゃったスピード感というものはとても大事だと思います。外国企業からも、日本にボールを投げてもどこへ行っているのか分からないという話ばかり聞こえてきます。私が2009年に日立製作所に戻ったときも、一番のテーマはスピードでした。例えば、最初の1年だけは私が会長と社長を兼務することにしたのもそのためです。二人いると意思決定のスピードが鈍ってしまいますから。それと介在する人が多いとニュアンスがズレてしまい、部下は大変ですからね。

    interview25-01

    内永:その通りです。介在する人が多いと同じことを伝えているつもりでも、それぞれの思いが入りますから、微妙にニュアンスが変わってきます。スピードを重視するためには、ボトムアップをなくしてトップダウンでやる必要があるのですが、トップダウンが行き過ぎないように、中を“見える化”する必要もあるでしょう。ブラックボックスが多い日本企業がコンセンサスベースで意思決定していくのは大変難しいことだと思います。

    川村:コンセンサスベースは非常に大事なのですが、それだけで意思決定をしていくのは、時間がかかりすぎるという点で難しいですね。

    内永:そうだと思います。言い方が良くないかもしれませんが、コンセンサスベースというのは誰が責任を取るのかが不明確になります。どこで失敗して、何が悪かったのか、いくらPDCAを回しても見えてきません。ただ、日本の企業はコンセンサスベースに慣れていますよね。

    川村:結局、責任が誰にあるのか分からないようにするのに慣れてしまっているのです。コンセンサスを取っているうちに提案の角が取れてしまい、丸く平凡になりますから、コンセンサスベースの意思決定を行う機会を限定しなければいけません。

    イノベーション創出の文化

    川村:グローバル化が進む現代の企業経営では、スピード感と共に、簡単にコモディティ化しないような革新的な技術・製品・発想の重要性がますます高まってくると考えます。企業経営におけるイノベーションについてはどのようにお考えですか。

    内永:グローバリゼーションの進展に伴ってビジネスのスピードはとても速くなっています。めまぐるしく世の中が変化しているので、常に何か新しいビジネスモデルを考えていなければなりません。従来のフレームワークは通用しません。違った発想、違った価値観、違った角度からマーケットやお客様を捉えていくところからイノベーションが生まれてくるのだと思います。もちろん最新のテクノロジーなども手にする必要があるのですが、これまで日本経済を支えてきたモノカルチャーの中では、実際にテクノロジーを利用してビジネスモデルを変えるためのスイッチを入れるのは、極めて難しいのではないかと思います。

    interview25-03

    川村:私も全く同感です。これまで日本人男性によるモノカルチャーで全てやってきたわけですが、新製品を開発したり、技術革新を起こしたりする場合になかなかうまくいきません。そこに例えば外国人が入ってくると、いろいろな会話が行われ、新たな視点が与えられます。技術革新や事業の革新などもそうですが、従来のプロセスを少し改善することもイノベーションと言えるでしょう。どのようなイノベーションも、やはりダイバーシティのある組織の中で討論した方が生まれやすいのです。

    内永:確かにそうだと思います。ただ、ダイバーシティに慣れていない企業もありますので、外国人がいきなり職場に入ってきて何かを言っても、ノイズになってしまう可能性があります。そういう場合は、リトマス試験紙として“まず女性を活用する”ことを提案しています。女性は結構ストレートに話すので、私もよく「うるさい」と言われてきました(笑)。あと、女性は物事の説明に関しても途中から入らずに、ゼロからきっちり説明しようとします。男性はすでに共有できていると思われる部分を省略してしまうことがよくありますので、“根っこ”のところで誤解が生じる可能性があり危険だと思います。女性は、このあうんで省略されてしまう部分の経験がなかったり、理解できていなかったりするので疑問が湧きます。こういう視点がとても重要なポイントではないかと考えています。

    職場での英語コミュニケーション

    川村:グローバル化を考えると、やはり英語のスキルは欠かせません。楽天やファーストリテイリングなど、日本企業でも英語を社内公用語化する動きが出てきています。 日立でも英語力向上は長い間宿題になってきましたが、最近は従業員の意識も高まり、各研究所による研究発表会では発表から質疑応答まで全て英語で行うようになりました。この間は研究発表会後の懇親会の挨拶まで英語でしたので、大変いい形で浸透してきたと思っています。

    内永:それはすばらしいですね。実は日本IBMもかつては英語が苦手な企業でしたので、TOEIC600点以上でなければ管理職になれないとか、ハードルを設けていました。ただ、TOEICの点数が高ければコミュニケーションできるというわけではありません。一番大切なのは英語によるコミュニケーションの仕方を覚えることだと思います。例えば、プレゼンテーションや電話会議のやり方などはテクニックです。テクニックを知ってしまえばどうってことはないのですが、知らないがために損をしてしまうことも多いでしょう。 日本IBMで英語が浸透した一番の理由は、やはり外国人が大勢入ってきたからです。私の上司も外国人になり、そうなるともう話さざるを得ません。上司でなく部下が外国人でもそれは同じです。

    経営戦略としてのダイバーシティ

    川村:日立もそういう職場環境に変えていこうとしています。先ほど少しお話に出ましたが、企業の競争力を強化するための戦略の一つとして、現在、ダイバーシティの推進に取り組んでいます。「グローバル人財マネジメント戦略」の下で世界中の日立の従業員にグレードを付けています。例えば財務1級のグレードなら、それを基準に日本ではこのポジション、オーストラリアならこのポジション、という感じです。これはグローバルに従業員を動かすためのシステムですが、最大の目的は、日本の職場に外国人を入れることです。内永さんは経営戦略としてのダイバーシティ推進に取り組んでいらっしゃいますが、外国人や女性の登用についてのお考えをお聞かせください。

    内永:世界中の人材を自由に活用する場合、各国でのポジションコードがバラバラでは下手をすると降格になったり、とんでもない昇格になったりする場合もあります。御社のように、その人の能力レベルを世界共通にすることは、世界中の人材を有効活用するための大事なインフラだと思います。

    川村:そのように外国人をたくさん日本の職場に入れることで、年功序列を壊せると思っています。日本の年功序列という制度は、ものすごく強固ですから。それを全部壊して、これからの評価システムを能力ベースにしたいのです。ただ、終身雇用は日本の良い制度ですから、それは本人の希望に任せればいいと思っています。

    内永:全くおっしゃる通りだと思います。年功序列の他に労働時間による評価もあります。アウトプットとアチーブメントで評価するという別の軸が出てこないで、年齢や労働時間で評価をされると、女性の場合だけでなく外国人の場合でもとても厳しくなります。J-Winの活動を通していろいろな企業のお話を伺っていると、アウトプットやアチーブメントによる評価は難しいというコメントをよく耳にします。私には当初その理由が分からなかったのですが、要はその人の責任範囲がはっきりしていないために評価しにくいということなのです。なぜそうなるのかと言うと、個人の業務領域が明確に規定されていないうえに、業務プロセスや意思決定のプロセスがオープンになっていないために職務の目的や目標なども曖昧になっているからなのです。そうすると、年齢や労働時間の長さで評価せざるを得なくなってしまう。これはかなり大きな問題だと捉えています。

    人材育成で見る欧米企業との違い

    川村:日本企業と欧米企業では、人材育成の考え方にも違いがあると思います。日本では新卒者を採用し、長期的に育成するのが一般的ですが、海外ではそうでもないかと思います。日本IBMでは中途採用者をメインにされているのでしょうか。それとも日本のようにある程度は新卒者を長期的に育てるという文化もあるのでしょうか。

    内永:その両方です。日本IBMは一時、新卒採用よりも中途採用に力を入れていましたが、会社に対するロイヤルティは新卒採用のほうが非常に高いということがわかり、新卒採用の割合を上げるようになりました。とはいえビジネスモデルの変化は激しく、業務にもスピード感が要求されますから、新卒者を育てる一方で即戦力として新しいビジネスモデルに合った人材の採用も必要です。新卒採用と中途採用のバランスはケースバイケースですね。

    川村:IBMの歴代のトップは、社内で出世してきた人と、社外から就任される人と、どちらが多いのですか。

    内永:社外から来たのはガースナーだけです。ですから、ガースナーが就任したときはもう天と地がひっくり返ったような状態でした。

    グローバルリーダーに必要なスキル

    川村:企業におけるリーダーの選出は、その後の企業生命の鍵を握る重大な要素の一つです。特にグローバル企業においては、将来のリーダー候補者を発掘・育成するグローバルな人材管理・開発が要となると考えられますが、グローバルリーダーにはどのようなスキルが求められているのでしょうか。

    内永:グローバルリーダーは、言葉も文化も風習も違う人たちを引っ張っていくことが求められます。つまりダイバーシティに適応しなければなりません。異文化を理解し、カルチャーの違いにも対応でき、多様な人材の中でリーダーシップを発揮するには個人のアイデンティティをしっかり持つことが大前提です。また、人脈構築力や論理的思考に加えて抽象化能力なども求められます。単なる英語力や異文化対応力だけの問題ではありません。“あうんの呼吸”でまとめるリーダーシップとも違うわけです。私はベルリッツにいたときに「グローバルリーダースキルテンプレート」というものを作り、トレーニングプログラムを構築しました。例えばカルチャーについては、10分類36項目にブレークダウンしていきます。コミュニケーションスタイルはハイコンテクストかローコンテクストか、思考は未来思考か過去思考かといったようなことを明確にします。まず自分と相手のカルチャーの違いを事細かに認識したうえで、その相手にはどのようなコミュニケーションが有効なのかを理解して柔軟な対応力を養っていくプログラムです。

    川村:日立もグローバルリーダーを教育するためのメニューをいろいろ用意していますが、今お聞きしたような種類のトレーニングは用意していませんね。

    女性ロールモデルの必要性

    川村:男性の場合は、ロールモデルが沢山あり選びやすく、具体的な目標を抱きやすいのですが、女性の場合もロールモデルとなる方が上にいた方がいろいろ考えやすいと思います。内永さん自身に目標となる方はいらっしゃいましたか。

    内永:IBM本社の女性トップエグゼクティブが日本IBMに来る機会があり、そこで本当の意味で私にとってのロールモデルと思える女性に出会いました。プレゼンテーションや、女性を集めてのラウンドテーブルなどを通じて、そういう人たちを間近に見ることができました。すると同僚の男性が「内永さん、日本版の彼女になったら」と冗談っぽく言ったのです。私も素直ですから、頑張ろうと思うようになりました。日本IBMの中には女性のロールモデルはいませんでしたが、私の直属の外国人上司が物事の考え方やキャリアについて熱心にアドバイスしてくれたおかげで、自分で将来像を考えるようになったことも大きかったです。

    川村:やはりロールモデルは必要ですね。男性の場合は良いお手本も悪いお手本もたくさんあり選びやすいので、女性の経営幹部も増えていくと良いでしょう。

    内永:女性の場合も複数いた方がより良いですし、さまざまなレベルの人たちがいるというのがとても大事かなと思います。

    川村:そうですね。日立には社外取締役の女性が2人いるのですが、執行役員にはまだいません。今年5月に、2015年度までにグループ内の女性社員を1人、役員に登用すると発表しました。女性の能力をフルに使うことが日本の未利用資源の活用に当たると考えています。

    内永:女性の活用を“メタンハイドレート”に例えている方がいらっしゃいました。そこにあると分かっているのに活用されていないと言うのです。何という表現かと思いましたけれども(笑)。

    川村:いや、本当にそうです。大学を出た優秀な従業員がたくさんいるにもかかわらず活用できていません。制度面は整っているのに、です。本人の意識も大切ですが、ロールモデルがないためトップに立ちたいという目標も生まれにくい。職場の上司や夫の理解が得られないことも女性活用が難しい要因の一つなのでしょう。

    内永:問題は会社側に仕組みができていても、それを上手く活かせないことですね。その会社の文化や同僚、家族との関係などが障壁となってしまう現状があります。日本IBMにいたとき、ウィメンズカウンシルのリーダーとなり、女性のキャリアアップの阻害要因を1年半かけて調査した結果、@ロールモデル、Aワークライフ・バランス、Bオールドボーイズ・ネットワークという三つのキーワードが出てきました。 @は先ほどお話したように、自分の上に女性の管理職や役員がいないために将来像がつかめない。Aは仕事と個人の生活の両立の問題。Bは男性社会の中で培われてきた風習や文化、しきたりを共有するネットワーク。簡単に言うと成功体験をベースにして保守本流の人たちが作ってきた暗黙のルールのようなものです。この三つの中でも特にBは難題で、私自身が一番苦労したのも目に見えない男性社会のバリアでした。このように阻害要因を認識することで、女性がキャリアアップしやすい方向へ徐々に変わっていくのではないかと考えています。 また、本気で女性たちを活用しようとしているという会社側からのメッセージを、常に発信していくことも大切だと思います。

    川村:私もそう思います。先日、社内で社長から女性従業員に向けたメッセージを発信しまして、私もそういう機会を作る予定です。偉くなりたいと意欲を持つことの大切さや、偉くなるとその高さの2乗くらい視野が広がる面白さなどを伝えていくことで、女性社員が今まで以上に活躍してくれることに期待しています。

    プライベートについて

    川村:内永さんは日本IBMで初の女性取締役となり、着実にキャリアアップされてきたわけですが、自己実現のために何か心掛けられていることはありますか。

    内永:私はとにかく新しいことにチャレンジするのが好きなのです。物事を何でも掘り下げて考える性格ですので。そうすると自然と次にチャレンジすることが出てきまして、ずっとそれを続けてきたという感じです。振り返ってみると、あのときに別の選択をしたら違った局面が開けたかもしれないと思うことはあります。実は、IBM本社に移りもっとグローバルにチャレンジできる機会を打診いただいたのに、一身上の都合でお断りしたこともありました。ですから私は女性たちに、「チャンスが来たら乗りなさい!」とよく言っています。

    interview25-05.jpg

    川村:最後になりますが、日々お忙しくされている中で、リフレッシュの方法や趣味などありましたらお聞かせください。

    内永:私は登山が大好きで、日本百名山のうち76座まで踏破しました。最近は脚力に自信がなくなってきたこともあり、今はガーデニングに夢中になっています。蓼科に小さな小屋を持ちまして、山を眺めて過ごしたり、その土地でバラやユリ、チューリップなど彩り豊かな花をたくさん育てたりしてリフレッシュしています。

    川村:以前、国際リニアコライダー(International Linear Collider、ILC)計画にも興味を持たれていると伺いました。そのあたりのお話も少しお聞かせください。

    内永:ILCの開発は、宇宙創成の解明に挑むのはもちろんですが、ILCのシステムを支える基礎技術は先進医療など、非常に多岐にわたる応用範囲があると考えられています。ILC計画の拠点がどの国になるのかは決定していませんが(インタビュー時点)、最先端のテクノロジーによって産業イノベーションが生まれる期待も高いわけですから、ぜひ日本になることを願っています。日本が開発拠点となれば世界中から研究者、技術者やその家族まで、外国人が大勢日本へやって来るでしょう。日本人が世界に出て行くことも大切ですが、私はこのILC計画によって “内なる国際化”も進むのではないかと考えています。

    川村:日本企業も少しずつ手を挙げてきていますね。まだ詳しいことは言えませんが、日立もわれわれが得意とする技術をILC計画に生かせるのではないかと考えております。
    本日はお忙しいところありがとうございました。

    編集後記

    内永さんは日本IBM、ベネッセコーポレーションをはじめとする企業で取締役などの重責を担ってこられ、現在ではNPO理事長の立場から女性の活躍支援による企業のダイバーシティ・マネージメントの推進に取り組んでおられます。今回は、IBM社内の変革の話、イノベーション創出におけるダイバーシティの重要性、グローバルな人材育成やリーダーに必要なスキル、ご自身の経験を交えた女性の経営幹部育成策など、さまざまなトピックスについて楽しいお話を伺うとともに、有意義な議論をさせていただくことができました。グローバライゼーションの進展にともないビジネスのスピードが増すなか、従来型のモノカルチャーからはイノベーションは生まれてこない、という内永さんの指摘は、グローバルビジネスの加速を目指す日立グループへの重要な示唆になると感じました。

    機関誌「日立総研」、経済予測などの定期刊行物をはじめ、研究活動に基づくレポート、インタビュー、コラムなどの最新情報をお届けします。

    お問い合わせフォームでは、ご質問・ご相談など24時間受け付けております。